ブランデンブルク州、旧東ドイツ、ベルリンを楽しもう
by KIKI-Brandenburg
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岐阜県生まれ、岐阜県育ち。
立教大学文学部ドイツ文学科卒業。同大学在籍中、交換留学生としてベルリン・フンボルト大学へ留学。
立教大学卒業後、フンボルト大学に正規学生として入学し、ヨーロッパ民俗学とジェンダー学を専攻。
2007年9月下旬に著書「がんばれ、ブランデンブルク州!」を出版。アマゾンなどネットの本屋さんでも買えます。「がんばれ、ブランデンブルク州!」で検索してください。ベルリンではDDR博物館でも売っています。興味のある方は私に直接問い合わせてくださっても結構です。

2008年8月の終わりに娘が産まれました!育児ネタもちょくちょくあります。

ドイツ語のプライベートレッスンをしています。興味のある人はここか、直接こっち(別ブログ)に飛んでください。

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カテゴリ:DDRを知ろう( 12 )

ニセドイツ

数日ぶりに机に向かっています。ちょっと元気になったと思ったら、週末からまた風邪。しつこい鼻水プラス今度は頭痛。ぐあんぐあん痛い。ビタミン剤とハーブティーとホメオパシーの薬を飲んでみたりしていますが、どれもホントに効いてんだか?な感じ(--;)。でもなにもしないよりは精神的によさそうなので、しばらくこのカクテルで様子を見てみます。娘はなぜか元気です。多分もう全部やっちゃったから免疫ができているんでしょう。それがありがたいです。

さて、なんだかんだやっていてすっかり紹介が遅れてしまった本をここでとりあげたいと思います。知り合いの伸井太一さんが書かれた「ニセドイツ≒東ドイツ製生活用品」という本です。今のところ1と2があって、3も出る予定だとか。

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DDR製品をおもしろおかしく紹介した本で、ご本人から頂いてパラパラ見た最初の感想は「すごーい!」。何がスゴイって、よくここまで調べたな、ということと、こんな本が日本で出版されるだなんて、ということ。

まず、「よくここまで調べたな」という点。
これは、伸井さんの本職が歴史研究家だからできたことかもしれません。私は民俗学をやっていて、歴史学方面の資料も読むことが多いんですけれど、歴史学のプロというのは尋常ではない情報収集力をもっているものなんですね。「どこでこんなん調べたんだろう?」というような情報をホイホイ出してくる。その集中力というか、執着というか、細かさというか、そういうものは、歴史学ならではです。だから、この本を見ても、伸井さんの歴史家魂を感じされられます。
私はDDRに関して、それなりに詳しいはずなんですけれど、この本を読んで「へー」の連発でした。イデオロギーとか社会体制としてのDDRを知っていても、どんな歯磨きがあったかとか、家電の種類とかそこまでは知りませんでした。

そして、「こんな本が日本で出版されるだなんて」という点。
ここまでマニアックな本、私以外に誰が読むんだろうと思いきや、結構ウケているようです(笑)。DDRマニアでなくても、パラパラ見て「へへ」っと笑えるのがいいんでしょうね。なにしろDDR製品というのは怪しさも妖しさもバッチリ兼ね備えている。
もちろん、DDRだから変というより、時代という要素も大きくて、今の感覚するとなんとも滑稽でかわいい、ということはあるのだけれども、「ダサかわいい」とか「ダメかわいい」に萌えてしまう人にとっては、DDR製品はDDRと関係なくステキに違いない。DDRの人はマジメにそういうのを作って使っていたから、「かわいい」なんて言うと失礼なんですけれど、なんともいえない「ダメさ」に私などは胸がきゅんとするわけです(^^)。

多少気になるのはタイトルですね。ニセドイツのニセは「贋」ではなく「似せ」、もしくは西(ニシ)をもじったものだというのを伸井さんは最後に書いていらっしゃるんですけれど、これは正直、かなり分かりにくい説明です。タイトルとしてキャッチーなのはすごく良いし、字体が画素の大きいデジタル風で書かれている時点でマジメに「贋」とか「似せ」とか言っているのではなく、「ニ・セ・ド・イ・ツ」と、それこそDDRのポンコツコンピューターがジジジジっと打ち出したような雰囲気があっていいんですけど。

あと、みっちりちりばめられた駄洒落ですが、なんだか年号暗記の語呂合わせみたいで、やっぱり伸井さんの歴史家としてのバックラウンドを感じてしまいます(笑)。
彼の名誉のため(か?)に言っておくと、彼自身はステキなお兄さんです。この駄洒落をみていると想像しづらいかもしれませんけれど、私よりちょっと年が上の人。彼のような若い研究者がDDRに興味を持って、そして愛着を持って本を書いたというのはいいことだと思います。彼の専門分野はDDRではないというのは驚きですが、DDRと直接かかわりの無かった私達の世代が、ある種の距離を置いてDDRを見る、調べる、思いを馳せる、というのは大事な事だと思います。

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by KIKI-Brandenburg | 2010-02-16 19:33 | DDRを知ろう

Werner Tübke

いっておきますが、私は芸術には詳しくない人です。
はい。そう前置きをしてから話を始めますよ。

今日、7月30日はDDRの有名な画家、Werner Tübkeの80回目の誕生日です。
Werner Tübkeは1929年にザクセン=アンハルト州の首都マグデブルクの近くの出身で、2004年にライプツィッヒで亡くなりました。80歳の誕生日というのは、もちろん、「生きていたら」ということですね。

Werner Tübkeはかなり有名な画家です。
ほら、だって、私ですら知っている人ですよ!
「DDRで活躍した画家を挙げなさい」と言われたら、私、「えーっと、てゅぷけ・・・と・・・」くらいしか答えられません。自分の無知をさらけ出すのもなんですが、DDRで活躍した画家の中では一番有名だと思います。

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写真はLausitzer Rundschauより。
こんな人です。後ろの絵は、彼の作品の中で最も有名なBauernkriegspanorama でしょうか?16世紀のドイツ農民戦争を描いた、44メートルもの長い作品です。テューリンゲン州の Bad Frankenhausen というところにあるそうです。
ベルリンのナショナルギャラリー(新しいほう)にもテュプケの作品があるはずです。以前見て、あまりの細かさと、シュールなタッチにグッと来た(?)のを覚えています。「ウォーリーを探せ!」(←なつかしいねっ)が好きな人はきっと気に入ると思います。

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by KIKI-Brandenburg | 2009-07-31 01:29 | DDRを知ろう

DDRを探せ! 台所編(2):Kahlaのお皿

DDRを探せ!台所編、今回はお皿。

私の実家はお皿屋さんなので、私も皿にはこだわりがある・・・わけではないです、別に。家で使っているのはデザインもバラバラなお皿ばかりで、そのうちのいくつかはDDR製です。

皿屋の職業病といえば、外食したときにお皿の裏を見てしまうこと。食べ物以前に盛られている器に目がいってしまうんですね。そんな環境で育つと(?)どこで作られたお皿かどうしても知りたいわけでもないのに、つい、お皿の裏を見たくなっちゃうんですよ、「これ、どこのや?」って。という事で、お皿とその裏を見てみましょう。

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結構新しい感じの、なんてことないお皿。ケーキを載せるのにちょうどいい感じで重宝しています。

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金と銀の線のはげてる感じからして、ちょっと古め。

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オババの実家にあったという、DDR製か、もしくはそれ以前の年代モノ。

はて、KAHLAって?
DDRのことだから、地名だろうけれど、どこだろう?と思って調べてみると・・・

あ、チューリンゲン州です。
人口7366人、面積8km²とは、私の実家よりちっちゃい田舎町じゃないか!(笑)。
どのへんかというと、イェナの南、ザーレ川沿いです。ホームページはここ
ちなみに、南ブランデンブルク州にもKahlaという小さい街があるようですが(知らなかったよ--;)、お皿となればこのチューリンゲン州の方でしょう。1844年から陶器作りが始まり、DDR時代はもちろん、今でも陶器会社があります。

Kahla自体はホームページを見る限り、小さいかわいい田舎町という感じです。教会があって、広場があって、壁に囲まれた、中世の雰囲気のある街。近くにはLeuchtenburgというお城があります。
それとは全然関係ないのですが、第二次世界大戦中には地下に飛行機を作る工場があって、捕虜の強制労働が行われていたとか。ドイツの街の歴史を探るとよくある「へー」の1つといえばそうですけれど、1万5千人が強制労働をさせられていたというのは、規模としても大きいんじゃないかな。

それにしても、今回はかーなーりマイナーな街を発見しましたね。
行ったことある人、いる??
実はお皿好きなら当然知ってる街だとか、そんなことはあるんだろうか?

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by KIKI-Brandenburg | 2009-03-03 00:09 | DDRを知ろう

DDRを探せ! 台所編(1):ジャムの入れ物

新しいシリーズを思いつきました。
その名も・・・DDRを探せ!

ウチにはいろんなところにDDR製のものがあります。
その最たるものはゾヤ君なんですが(あっはっは)、彼以外にも「あれ、これDDR製だ!」ってものが結構あるんです。
別に集めたわけではなく、その辺にあるものがよくよく見るとDDR製だったりする。考えてみれば、20年前のものでもDDR製でありえるのだから、骨董品に分類されるようなものでもないんですね。単純に古いもの、そろそろお払い箱にしたほうがいいかな、と思うようなものがほとんどなんですけれど。
何しろ、ゾヤ君というのは恐ろしく物持ちのいい人・・・もしくは単純にケチなので(--;)古いものでも平気で使っているし、私も物に対するこだわりってのがあんまり無いので、まぁいいか、とそのままにしていました。
今までいちいちチェックしてきたわけではなかったのですが、個人的にもちょっと気になってきたので、「DDRを探せ!」ということで我が家にあるDDR製品をご紹介しましょう。

まずは手始めに台所から。
私のお気に入りのDDR製品といえば、これ。

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どんぶりみたいだけれど、蓋に書いてあるように、どうやらイチゴジャムの入れ物みたいです。実はこれ、アイゼンヒュッテンシュタットの「DDRの日常生活に関する資料館」にも飾ってありました。びっくりしましたよ。「あ、これ、ウチにあるじゃん!」って(笑)。
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上のラベルには
Erdbeer-Konfitüre
Gefärbt
Mit Stärkesirup hergestellt
Füllgewicht 500g
W.-Nr.67712100

△07/3447

下のラベルには
Konsum
Marmeladen u. Konservenfabrik Tangermünde

Schale durch
Linksdrehung des Deckels
→öffenen!→

と書いてあります。

下のラベルの真ん中には赤で古い建物が描いてあってその下にTangermünder、上には小さい文字でSEIT 1904 DURCH QUALITÄTSERZEUGNISSE BEKANNT!とあります。

Konsumといえば、以前にブランデンブルク市で廃屋になっていたあれですね。

a0104785_3524382.gif気になるのはTangermünde。どこにあるのかな・・・?あ、ザクセン・アンハルト州のエルベ川沿いの街です。地図はwww.touristinformation-tangermuende.de/より。
ラベルに描いてある建物は市庁舎。タンガーミュンデのホームページはここ。私は行った事がないけれど、ホームページを見る限り、古い建物がたくさんあるなかなかいい感じの街です。今年は街の1000年の記念らしい。

ふむふむ。このジャムの入れ物のおかげでタンガーミュンデという街を発見しました。面白くなってきたので、多分、このシリーズは続きます(^^)

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by KIKI-Brandenburg | 2009-02-16 04:13 | DDRを知ろう

DDRのままの部屋、発見される

そろそろ寝ようと思ってたんですが、DDR関係で面白い記事を見つけたので更新します。
元ネタはCNNの日本語版。(ここ
後々検索できなくなっちゃうともったいないので全文引用します。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

旧東ドイツ時代のアパート1室、そのまま発見 たばこや食料も

(CNN) 旧東ドイツ領内だったライプツィヒで、ベルリンの壁が崩れる前の時代そのままに、アパート1室が手つかずの状態で残っているのを、建築家のマルク・アレツさんが発見した。独の各メディアが29日に伝えた。屋内には、当時のたばこや食料品が、そっくりそのまま残っていたという。

寝室が1つの部屋に入ると、壁に掛かったカレンダーは1988年8月のまま。台所の食器棚や引き出しには、プラスティック製の食器やアルミのカトラリーが入っていたほか、旧東ドイツ時代のコーラ「ヴィータビータ」やマーガリン「マレーラ」、たばこ「ユーヴェル」、ウオツカ「クリスタル」の瓶などが残されていた。

アレツさんによると、改築を検討するデベロッパーはこの部屋の居住者について、当局と何らかのトラブルがあった24歳男性と説明しているという。この居住者に関する最新の書類は、1989年5月に発行された捜査令状だった。居住者が書いて切手もはってあるハガキが残されていたが、投函されないまま部屋に残っていた。

アレツさんは、日刊紙フランクフルター・アルゲマイネに「ドアを開けたとき、まるでツタンカーメン王の墓を見つけたハワード・カーターのような感じだった。ひどく雑然としていたが、歴史的な発見のようで、過ぎ去った時代への入り口に立っているようだった」と話している。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

へー。これはかなりの発見ですね。というか、マニアにとっては宝の山でしょう。
ちなみに、この記事の元になってる日刊紙フランクフルター・アルゲマイネにはもっと詳しいことや写真も載ってるので、興味のある人はどうぞ(ここ)。あ、ついでにそこの写真も載せておきますね。
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このニュースを読んで、児童文学の「二人のイーダ」という話を思い出しました。時間が止まったような部屋の中で椅子がずっと「イーダちゃん」の帰りを待っているんです。ちょっとシュールな、でも実は広島の原爆が絡んでる話。この部屋にも、帰らない主人をずっと待ってた物がいっぱい詰まってるんでしょうね。

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by KIKI-Brandenburg | 2009-01-31 09:07 | DDRを知ろう

東ドイツの新語

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先日、大学の図書館で面白い本を発見しました。

「東ドイツの新語」 根本道也著 同学社 (1981)

その名の通り、DDR特有の語彙を集めて解説した本です。

まず、表紙の写真がクラシックで私は萌えました(笑)。FDJの青い服を着たおねえさん(老けて見えるのは気のせいだろう^^;)と、Jung Pionierの子供たちが楽しそうに語らっています。
「新語って、これ、いつの本?」と思ってみてみると、1981年の発行。・・・すごい、私が1才の赤ちゃんだった頃の本。
パラパラめくって見ると、ただの辞書というより、解説書という感じで、ずーっと読んでいってもなかなかためになる。それに、「はじめに」とかDDRの歴史や背景を説明した部分を読んでいて、「あぁ、この人はDDRが好きなんだな、この国のことをもっとみんなに知ってほしくてこの本を書いたんだろうな」と思えてきて、私は非常に好感を持ちました。

せっかくだから、この本から、ちょこっと引用してみます。

まず、この表紙のおねえさんが着ている青い服、これはFDJの制服です。ちなみにこれ、私持ってますよ、前にオババからもらったんです。(「おばばんちのパズル」参照)

FDJ(Freie Deutsche Jugend)とは・・・
「自由ドイツ青年同盟」。公認された唯一の青年組織として、大衆組織の中で重要な位置を占める。加入は14歳以上。自由意志による。1946年3月に、反ファシズム民主青年大衆組織として設立された。活動面ではドイツ社会主義統一党(SED)の指導を受け、同党の戦力予備軍である青少年たちの共産主義教育を担当する。社会的諸活動を行う他、大学においては企画や運営にも参加する。人民議会(VK)には40人の議員団を送っている。FDJはまた、1948年以来民主青年世界連盟に、1950年以来国際学生連盟に加盟している。シンボルはFDJのマークのついた青い旗。日刊紙”Junge Welt"(「若い世界」)、月刊誌”Junge Generation"(「若い世代」)をもつ。

そして、Junger PionierまたはJunge Pioniere(複数形)(略JP)とは・・・
少年ピオニール団員。上記のPionierorganisation の団員を総称してこう呼ぶが、さらに下級生と上級生を次のように呼び分けている。
第1~4学年(7~10歳)の団員:Jungpionier「幼年ピオニール」
第5~7学年(11~13歳)の団員:Thälmann Pionier「テールマン・ピオニール」
呼び方がたがいにまぎらわしいので注意を要する。現在の団員は約200万人、すなわち同世代の99パーセントに及んでいる。


Pionierorganisationの説明はちょっと長いのでカット。
ピオニール(発音としては「ピオニーア」の方が近いような気がするけど)の挨拶というのはおもしろくて、「Seid bereit!(備えよ!)」と言われたら声を合わせて「Immer bereit!(常に備えあり!)」と答えるのです。これ、私大好き(^^)。

この本でいいなと思うのは、ガチガチの用語説明だけではなく、筆者の観察した実際の様子が反映されていること。たとえば、このピオニールの挨拶のところでも、

「もちろん、日常生活の中でいつもこんな挨拶をしているわけではない

とか、FDJの挨拶のとこでは

「団員どうしが公的な場で交わす挨拶の文句は”Freundschaft"(友情)である。(しかし、私生活ではざっくばらんに「エイ」などと声をかけ合っている。)

フィールドワークが生きているなぁという感じです。

驚いた事に、この本、まだ絶版にはなっていないみたいです。出版社のホームページはここ。興味のあるかたはどうぞ。

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by KIKI-Brandenburg | 2008-07-17 19:50 | DDRを知ろう

共和国宮殿(3):ベルリンの壁

今回は真面目に共和国宮殿について。

共和国宮殿を取り壊すにあたって、アスベストだのなんだの、いろんな現実的な理由があったことは否めませんが、文系人間の私にとって、そういうマメマメしきことよりももっと興味があるのは、シンボルとしての共和国宮殿です。

共和国宮殿とは一体なんなのか?私にはいくつかの比較対照が思い浮かびます。

まず、ベルリンの壁。
これはDDRがつくって、今でも部分的に保存され、観光スポットになっているものです。
シンボルとしてのベルリンの壁が伝えるメッセージってなんでしょう?
すごく単純に言うと、「DDRの愚行」だと思います。DDRはあんなものを作って、越えようとする人を殺していた。あぁ、DDRってなんてひどいことをしたんだ、っていう印象を持つでしょう、一般の人は。私はベルリンの壁というのは「DDRの影の面」というのを表すシンボルであると思っています。
私は西へ逃げる人を殺したり投獄していたことが悪くないとか、そういうことを言っているんじゃないですよ。考えるべきは、そういうメッセージ性の高いものが残される社会的背景だと思うんです。当然のごとく、そこにはDDR批判というのがあるでしょう。

「DDRの影の面」を担うベルリンの壁の対極にあった、もしくはそうなりえたものというのが共和国宮殿だと思います。共和国宮殿は、DDR(特にベルリンやその周辺)の人々の生活の中で特別な、ポジティブな意味を持っていた建物だったからです。宮殿の中のレストランや娯楽施設は市民に人気のある、ある種の憧れの場でした。政治と結びついた場所であったと同時に、DDRの大衆文化と結びついていた場所だったと思います。

もし、共和国宮殿を「DDRの光の面」としてとらえるなら、これを壊す一方でベルリンの壁だけを残すのは、フェアではないと思います。
DDRは逃亡者を撃ち殺していただけの国ではありません。人々が楽しく過ごした場所や時間だってあったのに、なぜそれには目が向けられないのか?明らかにバイアスがかかっていると思います。もっと深読みするならば、DDRのポジティブな面を否定する政治的力学が働いているのではないでしょうか。

ベルリンの壁を残すのは大いに結構だと思います。なんと言っても、歴史的にとても大きな意味をもっているものだし、そういうものが存在していた事を否定する必要は全然ありません。ただ、それが「DDRってサイテー」というメッセージをガンガン放っていることも考慮に入れるべきだと思うんです。

もうちょっとシニカルにとらえてみましょう。
ベルリンの壁というのは、DDRの一般の人々が(とくにDDR末期)に壊そうとしていたものです。そして、実際に「壁が開いた!」という時に、DDRの人々はあの壁の上に上ったり、壊したりしたわけですよね。こんなもん、いらない!って。
・・・それがなぜ残るんですか?DDRの人々が壊したくて仕方なかったもの、本当に壊したものがなぜ残らなければいけないのですか?誰が、なんの目的で壁を残しているのですか?

ベルリンの壁が壊れたときに、共和国宮殿はどうだったのか、残念ながら私は知らないのですが、少なくともDDRの人々が押しかけてガンガン壊し始めたなんてことはなかったと思います。その後、宮殿はアスベストが理由で閉鎖されるわけですが、宮殿を再利用しようと試みる人も、壊すのに反対した人は少なからずいました。それなのに、結局壊されてしまうわけですね。

そう考えていくと、単純にアスベストがどうだから壊さなきゃとか、そういうレベルの話ではないと思うんです。もっと政治的、歴史的な意味を含んだ事だと思います。また、そういう風に理解されても仕方のない話でもあると思います。

まだ続きそうだけど、ま、今日はここまで。

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by KIKI-Brandenburg | 2008-04-21 05:48 | DDRを知ろう

共和国宮殿(2):おばばんちのパズル

昨日、ゾヤ君とおばばんちに遊びに行きました。
おばばとシェーンアイヒェについては前にも(ここ)書いています。

事実上の姑を「おばば」とは失礼な、と思われる人もいるかもしれませんが、私のおばあちゃんと同い年、私よりちょうど半世紀年上の女性なんですよ。ゾヤ君が私より年上なことと、おばばがゾヤ君を産んだのが遅かったのが合わさって、「義母が祖母と同い年」という、ちょっと不思議な関係になったんです。

今年で78(かな?)のおばばは、本の第7章に出てくる、炭鉱地帯の街グロースレーシェンの出身です。おばばの実家は「最後のDDR炭鉱」モイロの拡大でつぶされてしまった、今、湖になろうとしている場所にありました。この「炭鉱に消えた街」に関しては、またいつかじっくり書きたいと思います。

グロースレーシェン出身で、今でもベルリンの郊外に住むおばばは、バリバリのブランデンブルガーです。第二次世界大戦を経験し、その後の40年をDDRで過ごした、言ってみれば「DDRの第一世代」でもあります。そして、この世代の「元DDR国民」らしく、DDRに対する評価というのはポジティブです。少なくとも、若い世代ほどクリティカルではないし、現代の弱肉強食の資本主義社会よりは、DDRのほうがよかったと思っている人。

a0104785_415257.jpgそんなおばばんちには、いまでも「メイド・イン・DDR」なグッズが普通にあります。ちなみに昨日は、FDJのユニフォームのシャツをもらいました(笑)。
←こんなマークが腕のとこについてます。
FDJっていうのはFreie Deutsche Jugendの略で・・・というマジメな説明は長くなるので、今回はカット。DDRの若者が属していた団体で、雰囲気的にはボーイ/ガールスカウトみたいなものです。そのうち、私、「グッバイ、レーニン!」やれるんじゃないかな(^^;)

DDR博物館なおばばんちのリビングの端っこにはこんなパズルがかけてあります。
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DDR時代の共和国宮殿。

・・・私が一度も見ることがなかった、ピカピカの共和国宮殿です。
初めてこのパズルを見た当時は、「へー、あの廃墟って昔はこんなんだったんだ」くらいにしか思いませんでしたが、ブランデンブルク州やDDRについて調べていくようになって、だんだん意味深なものに思えてきました。
このパズル、よく見ると下の1ピースがないんです。単純になくなっちゃっただけらしいんですけれど、壊されていく共和国宮殿を見ている私としては、それがこの光景が後に消えていくものであるのを暗示しているようで、なんだかとても悲しいです。
テレビ塔や向こうの風景はそのままで、まるでパズルを壊すように共和国宮殿が消え、そこに新しいプロイセンのお城のピースをあてはめる。そんな作業が今着々と進んでいるのだろうか?そんなことを思います。

私はこのパズルを今でもリビングの隅っこにかけているおばばの気持ちを考えます。
本人にとって、特に深い意味はないのかもしれないけれど、私はやっぱりここでも深読みしてしまうんです。・・・おばばの生活の一部、記憶の中に、ピカピカの共和国宮殿がまだあるのではないかと。きっとあるに違いない。共和国宮殿の中のレストランで食事をしたことを、おばばはしっかり覚えています。「DDRのものは全部壊されちゃうのよ」と、昨日、写真を撮る私の隣で、おばばはちょっと悲しそうに言いました。

取り壊されていく共和国宮殿を、私はおばばに見せたくありません。
彼女がベルリンに来る事は滅多にないからまだ見ていないだろうし、これからも見ることはないだろうけれど、とにかく、おばばは見ないほうがいいと思います。きっと、どこかで炭鉱に消えてしまった実家と重なるものがあることでしょう。
おばばの共和国宮殿はリビングの隅っこでまだピカピカなままなのです。

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by KIKI-Brandenburg | 2008-04-15 05:26 | DDRを知ろう

DDR博物館

このブログを見てくださってる皆さんの中には、DDRについて詳しい人や、DDRに行ったことのある人、ひょっとしたら住んでいたなんていう人もいるかもしれませんね。
でも私みたいに、「現在進行形」でDDRを経験していない人にとって、DDRって、もうなくなちゃったヘンな国、くらいにしか思えなくても、普通だと思うんです。私はかつてそう思ってたし、DDRを身近に感じるようになったのはベルリンに来てからだし。

DDRって政治的なテーマなので、偏見や誤解というのも結構ありそうだけれど、それはあくまでも客観的に、マクロな視点で見た場合が多いんじゃないかな。
DDRを知る(楽しんじゃう?)には、やっぱり、ミクロの視点で見ていくのが一番です。人々の暮らしに目を向けると、独裁国家だの、秘密警察だの、そういうの以外の面が見えてくる。そうすると、DDRって怖くないです。あれ、案外普通じゃん!とか、ちょっと日本っぽいかも?なんて思えることすらある。

ということで、前置きが長くなりましたが、そういう、日常生活の場としてのDDRにスポットを当てた博物館がベルリンにあります。
DDR博物館(DDR Museum: リンクはここ)は、規模は小さいものの、ベルリンの中心地にあるので、観光の合間に行ってみるのに便利です。

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博物館はシュプレー川をはさんだ、大聖堂の向かい側にあります。
ウンター・デン・リンデンからちょっと階段を下りたところなので、知らないと通り過ぎてしまうかも。

a0104785_20234036.jpg
入り口はこんなふうになっていて、中に入ると、DDRやベルリン関係の本やグッズが置いてあります。(そこにおいてあるものを買うだけなら入場料を払わなくてもOK)。

ち・な・み・に!
そこに私の本、「がんばれ、ブランデンブルク州!」も置いてあるので、気が向いた人はどうぞ。あ、もし、本の裏表紙が表を向いてたら直してください(笑)。どうも、日本の本は右から始まるというのを理解できない人がいるようで、昨日行ったら、裏表紙が表向いてました(^^;)

そしてもう1つ、ち・な・み・に!
私はこの博物館で日本語ガイドやってます。もし、日本人の団体客が来る場合は、私がガイドすることになってるので(私以外にもいるのかな・・・知りません)よろしく。


この博物館、大聖堂の向かいにあると書きましたが、個人的に、大聖堂よりもっと面白いものがウンター・デン・リンデンをはさんだななめ向かいにあります。DDR博物館の前から、こんなふうにみえるのは・・・
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共和国宮殿!

ただいま取り壊し中の、DDRのシンボルです。
この建物の取り壊しに関しては、友達のまさとさん(ブログ「ベルリン中央駅」)が詳しく追っているので、そちらをどうぞ。

共和国宮殿の目と鼻の先にDDR博物館があるという事が、すごく皮肉だと思います。
DDR博物館は私立の博物館で、スケールも内容も軽くて、観光客でにぎわっているんですが、その前で、「元祖DDR」な共和国宮殿が無残にも廃墟となり、瓦礫の山になっていくというのはねぇ・・・。なぜ、共和国宮殿をDDR博物館にできなかったのか。いや、しなかったのか。
共和国宮殿の取り壊しというのは、政治的な背景があるので、そう簡単に答えは出せないのですが、私は、共和国宮殿の取り壊しというのは、後世、「なんてことしたんだ!!」って言われても不思議ではないことだと思います。
残して欲しかったなぁ、うぅ(T-T)。

ということで、次回は(気が変わらなければ)、この共和国宮殿について。

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by KIKI-Brandenburg | 2008-04-01 22:43 | DDRを知ろう

Guten Morgen, du Schöne

DDR時代の女性の日常生活について知るのにいい本に、
Guten morgen, du Schöne というのがあります。
著者はMaxie Wander (1933-1977) という女性で、旧東ベルリンで1977年に出版されたこの本は、20人ほどの、年齢も境遇もさまざまな、東ドイツで生きる女性のインタビューからなっています。

今学期、DDR関係のゼミでも参考資料になっていた本で、実はまだちゃんと読んでないんですけど(←え~)、この本、まずタイトルがおもしろいでしょう。
Guten morgen, du Schöne、直訳すると、「おはよう(ございます)、美しい人よ」。え?なんでかな?と思ってこの本を開けると、目次の前に、このタイトルの元になっていると思われる詩があります↓

Guten Morgen, du Schöne!
Für einen Blick von dir
sind tausend Dinar wenig.
Für deine Brust
werde ich zehn Jahre zu Fuß gehen.
Für deine Lippen
werde ich die Sprache vergessen.
Für deine Schenkel
gebe ich mich zum Sklaven.
Guten Morgen, du Schöne!
Steig auf den Apfelschimmel und reite Galopp.
Ich warte auf dich im Wald.
Mit einem Zelt ungeborener Kinder.
Mit Nachtigallen und einer Hyazinthe.
Mit einem Bett aus meinem Leib,
mit einem Kissen aus meiner Schulter.
Guten Morgen, du Schöne!

Kommst du nicht,
ziehe ich das Messer aus dem Brot,
wische die Krumen vom Messer
und treffe dich mitten ins Herz.


勝手に訳すとこんな感じ↓

おはよう、美しい人よ。
君のまなざしのためなら1000ディナール(:お金の単位)も少ない。
君の胸のために僕は10年歩いたっていい。
君の唇に僕は言葉を失う。
君の太もものためなら僕は奴隷になろう。
おはよう、美しい人よ。
白い馬にのって、ギャロップをしよう。
僕は森で待ってるよ。
テントの中で生まれる前の子供たち。
ナイチンゲールとヒヤシンス。
僕の体をベッドにして、僕の肩を枕にして。
おはよう、美しい人よ。

でも、来てくれないのなら、
パンからナイフを取り出して、
パンくずをぬぐって、
君の心臓を一突きにしてやる。



・・・強烈だ。


最後の一行、こっちもグサッと突かれる感じ。
もともと、ジプシーの詩らしいけど、詳しいことは書いてありません。なぜこの詩とこの本がリンクするのかも説明されていません。
いろんな解釈ができるでしょうね。まぁ、みなさんの想像力にお任せしましょう。

個人的に非常に気に入ったというか、ツボにはまってしまった詩でした(^^;)

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by KIKI-Brandenburg | 2008-02-25 22:19 | DDRを知ろう