ブランデンブルク州、旧東ドイツ、ベルリンを楽しもう
by KIKI-Brandenburg
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   ★KIKIの自己紹介★
岐阜県生まれ、岐阜県育ち。
立教大学文学部ドイツ文学科卒業。同大学在籍中、交換留学生としてベルリン・フンボルト大学へ留学。
立教大学卒業後、フンボルト大学に正規学生として入学し、ヨーロッパ民俗学とジェンダー学を専攻。
2007年9月下旬に著書「がんばれ、ブランデンブルク州!」を出版。アマゾンなどネットの本屋さんでも買えます。「がんばれ、ブランデンブルク州!」で検索してください。ベルリンではDDR博物館でも売っています。興味のある方は私に直接問い合わせてくださっても結構です。

2008年8月の終わりに娘が産まれました!育児ネタもちょくちょくあります。

ドイツ語のプライベートレッスンをしています。興味のある人はここか、直接こっち(別ブログ)に飛んでください。

      ★お願い★
このブログ内の文章や写真に興味を持って引用/転載してくださる場合は、出典として明記してください。ネットの場合はリンクを張ったりトラックバック機能を使ってください。そして、そんな名誉なことがあれば、KIKIはぜひ知りたいので、ご連絡ください。

このブログはKIKIが趣味としてやっているものです。不快なコメントなどは削除しますのであしからず。

記事の内容に並々ならぬ興味をそそられた方、KIKIと直接コンタクトを取りたい方はメールでどうぞ。
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パレツ宮殿(3)

ブランデンブルク州にある、プロイセンの宮殿が現在に至るまでの話というのは、本で詳しく書いたんですけれど、このパレツ宮殿も例外ではありません。
大規模な修復は1999年から2000年にかけて行われました。

個人的には、プロイセン云々より、こっちの話のほうが私は興味があります。
歴史や、歴史的価値というのは、普遍的にそこにあるものではなく、時代背景や、政治傾向によって変わるものなんですよね。
何を歴史(的)と呼ぶのか、「正しい歴史」とは何か。当時を知らない人が過去を知ろうとするとき、その過去というのは、人なり資料なりを通して今まで残ってきた「語り」です。誰かが、その過去を保存しようとしたから、それは風化することなく、今に至っている。
過去の中から、何を取り出して「歴史」と呼ぶのか。誰がそれを決めるのか。その背景に何があるのか。

・・・ヨーロッパ民俗学とか、ジェンダー学をやってると、こういうことにとてもうるさくなります。
そういうお堅い話、私は大好きなんですけれど、それはそういうのが好きな人と語り合うとして、ここでははパレツ宮殿!

宮殿の内部の写真を撮ることはできませんでしたが、宮殿を改築する様子の写真などは撮れたので、いくつか載せてみます。画像としてあんまりきれいじゃないですけど、参考資料としてね。
a0104785_22475260.jpg


これは、1900年ごろの宮殿の様子。
フリードリッヒ・ヴィルヘルム三世と、その妻ルイーゼの子供達の意向によって、この宮殿は夫妻をしのぶ場所として1945年までそのまま残されました。

1947年に、保存状態の良い壁紙は専門家によってポツダムのサンスーシ宮殿に移送され、その後、宮殿は改築されました。
王妃が弾いていた小さなピアノは戦後、ソ連に持っていかれますが、その後戻って、今はパレツ宮殿にあります。

a0104785_22501245.jpg

これが1963年の状態。
Bauernhochschuleというのを、どう訳していいか、自信がないです。Hochschuleというのは、大学のようなものですが、BauernのBauerというのが「農民」なのか「建造者」なのか、わからない。とにかく、宮殿は学校として使われました。

a0104785_2256554.jpg

これが改築される前の写真です。1999年だそうですが、左にしっかりトラバントが映ってますね(笑)。

a0104785_2312555.jpg

そして、これが改築中の写真。ちょっと変えるんじゃなく、根本的に壁から、床から、全部直すんです。戦後に改築される際に、窓や部屋の仕切りなども変えられたので、プロイセン時代の宮殿を再建するとなると、建築や歴史のプロを雇って、根本的に直さなければいけないんです。

2001年にパレツ宮殿の修復は終わり、一般に公開されるようになりました。
以前は週末しか開いていなかったのですが、今では月曜以外は開いていますし、私が行った時も、結構たくさんの訪問客がいました(日曜日ですしね・・・)。
車のナンバーを見てみると、パレツ宮殿がある地域以外の車もちらほらあって、観光スポットとして、それなりに定着しているのかな、という印象を受けました。

それにしても・・・5時閉館の宮殿に3時半に着いたのはやはり遅すぎでしたね。
ゆっくりガイドつきのツアーに参加できたのは良かったのですが、それだけで一時間近くかかり、当時の宝飾品や、宮殿再建のプロセスなどの展示は駆け足になってしまいました。
チケット売り場には、本やプロイセングッズ(^^)なども結構あって、「あー、見たいかも・・・」と思いきや、「もう5時だから閉めないといけないのよー」と売り場のおばさん。「11時から開いてるから、今度は早く来るのよ。」ってハイ、そうします(涙)。

宮殿の外には、馬車の展示をしている建物がありました。私が買ったチケットなら、ここも入れたはずなのに・・・5時7分か、くぅ~・・・。
と、思ったんですが、恨めしそうに外から見てたら「急いで見なさいね」と係りの人が入れてくれました\(^0^)/

ここも写真禁止だったので、お見せできないのが残念!
外にあった、看板のポスターでご勘弁を。
a0104785_23264561.jpg


馬車の人が乗る部分って、昔は随分小さかったんですね。18世紀のものなど、電話ボックスより小さい箱で、こんな狭いところで、ちんまり座ってゴトゴト行くのは大変だっただろうな、と思いました。

さてさて、見られないはずのものを見ることができたという喜びをかみしめつつ(笑)、また自転車で帰りますよ!(まだ続く)

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# by KIKI-Brandenburg | 2007-08-20 23:38 | プロイセン

パレツ宮殿(2)

2時間にわたる、予想外に長くなったサイクリングの後、ようやくパレツ宮殿に着きました。

a0104785_2129271.jpg

え、なんか普通の家みたい?
見た目はそんな感じですけど、たどっていけばホントに宮殿なんですよ!
プロイセンって、もともとミリタリーな国家だし、あんまりチャラチャラしていないので、宮殿も地味なものが多いんです。
プロイセンの宮殿で一番有名なのはサンスーシ宮殿で、それはプロイセン王として一番「華のある」フリードリッヒ大王が作ったものです。
一番派手そうなサンスーシ宮殿ですら、訪れてみると、案外こじんまりしています。

このパレツ宮殿と関わりが深いのは、5代目プロイセン王のフリードリッヒ・ヴィルヘルム3世(1770-1840)です。
どんな人だったかというと、とってもシャイ(^^)
そして、ナポレオンに負けて領土の半分近くを失いました。
世界史をやった方なら「ティルジットの和約」というのが記憶のどこかにあるはずです。
莫大な賠償金も課せられて、プロイセンは滅亡寸前という時の王様です。

そんなことを言うと、なんだかズタボロですけれど、この王様、いい取り巻きに恵まれていました。

まず・・・妻がよかった。
とってもキレイでステキな人だったようです。
王様というと、愛人がいたり、隠し子がいたり、というのが珍しくないんですけれど、この王様は妻とラブラブ。とても夫婦仲が良かった事で知られています。
国民に人気のあったこの妻に、王様は結構救われています。

そして、家臣がよかった。
ハーデンベルクとシュタインという二人が特に有名で、農民の解放とか、税金の整備とか、近代国家の元になるシステムがこのころできました。
我が母校(笑)フンボルト大学で有名なヴィルヘルム・フォン・フンボルトはこの王様の元で大学改革を行いました。

ナポレオンに叩きのめされて、「これはいかん」ということでいろんな改革が始まったんですね。雰囲気としては、日本の明治維新みたいな感じです。
この改革があったからこそ、プロイセンはまた復活することができたし、近代国家としての威厳も保つ事ができたんです。

そんな大変な時期の王様、フリードリッヒ・ヴィルヘルム3世が住んでいたのがパレツ宮殿なんです。ずっといたわけではなく、別荘みたいなかんじです。
「もう、静かにしてくれよぉ・・・」と言いたくもなるような時代、パレツ宮殿で過ごす時間というのは、王様や家族にとって、とても大事なプライベートなひとときでした。

さて・・・宮殿に着いたのは3時半。
ちょうどガイドツアーが始まるところで、飛び入り参加しました。
参加者の平均年齢は60歳くらい(笑)。
ここで、ずらーっと写真を載せたいところなんですが、宮殿内は写真撮影禁止(><)
宮殿の中は結構シンプルなつくりになっていて、装飾は自然をモチーフにしたものが多いです。

当時の家具や、日用品などはびっくりするほどシンプルです。
どのくらいシンプルかというと、スゴイものだ気付かずに、つい、チケットを置いちゃったくらい(笑)。警備のおじさんに「この机は荷物置きじゃないんですよ」って注意されました。手に持ってるものをフッと置きたくなるようなところに、なんの表示もなく、そんな歴史的家具を置かないでよーっ。あのおじさん、一日中同じ事言ってそう(^^)
でも、王族、それもプロイセンなんていう大きな国を背負っていた人達が、今の人でも使っていそうな、質素な家具を使っていたなんて、なんだか親近感が湧きますね。
世界史の中の住人も、やっぱり人間だったんだな、ドイツ人だったんだな、なんて。

宮殿の装飾で特徴的なのは、壁にびっしり貼られた壁紙です。本当に紙で出来ているんですよ。手書きのもあるのですが、浮世絵のように、行程ごとに色をつけた木の型を何回も押し当てて作ったものもあります。

最初に入る部屋は「ビリヤードの部屋」。王様、ビリヤードをしていたようです!
長細い壁紙で、真ん中が黄色一色で、それをケシや穀物のような植物、カミツレのような花がびっしり描かれたモチーフで囲まれているのがありました。一見するとどうってことない装飾なんですけれど、ガイドさんによると、真ん中の黄色はトウモロコシ畑を表していて、その周りを取り囲んでいる植物は、そのトウモロコシ畑の脇に生えているものだとか。
・・・なんて庶民的なんだ、宮殿なのに!

宮殿の一室には、アジア趣味の壁紙が張られたところもあります。
中国の画家が書いた鳥の絵とか、タケの柵をデザインしたものとか、ちょっとエキゾチックな一面も。壁紙を修正する際には、和紙もつかわれたそうです。

そんな宮殿ですが、今の輝きを取り戻すのは、実は東西ドイツ統一後なんです。
次回は、この宮殿が今に至るまでの話をします。

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# by KIKI-Brandenburg | 2007-08-20 22:04 | プロイセン

パレツ宮殿(1)

日曜日の今日、お昼からサイクリングを兼ねて、ポツダムの郊外にある、プロイセンの宮殿に行ってきました。

ポツダムは、日本の感覚からすると、横浜みたいなもので、ベルリンのとなりにある結構大きな街です。
ベルリンのようでベルリンでない。なんといっても、ブランデンブルク州の州都ですからね。
ポツダムにはベルリンの中心部から電車で一時間もかからず、楽々いけます。

今日のお目当てはパレツ宮殿。
プロイセンの宮殿に関しては、本でも結構詳しく書いているんですが、このパレツ宮殿行くのは今回が初めて。
「KIKI、そんなんじゃダメじゃん」とか言わないで(汗)。
だって・・・すごく遠いんです。
ポツダムの近くなら遠くないと思うでしょう。とんでもない。交通手段がダメダメなんですよ。
宮殿のある村は、周辺の電車の駅からうま~い具合に外れていて、陸の孤島みたいなところです。
ポツダムからバスにのるのが確実そうだけれど、その本数はあってないようもの。

こうなったら、最寄駅まで電車で行って、そこから自転車でいくしかない。(ドイツは自転車も電車に乗せられます)
が・・・それでも宮殿まで10キロくらいあるかもしれないし、気の利いたサイクリングコースもなさそう。

(><)

いつか行こうとは思ってたんですよ、もちろん(笑)。
それで、なぜその「いつか」が今日来たかというと、今週の「シュピーゲル」(結構マジメな内容のドイツの週刊誌)で、プロイセンの特集があったから!
その特集で取り上げられていた、フリードリッヒ・ヴィルヘルム3世というプロイセン王が、実はパレツ宮殿ととても関わりが深いのです。
「あぁ、これはいい加減にパレツ宮殿に行けってことか」と、勝手に解釈し、行く事にしました。

昼の12時の鐘がなるころ、覚悟を決めて、愛チャリのペーター(自転車屋の親切なおじさんにちなんでつけた名前)とともにしゅっぱーつ!

ポツダム中央駅の2つ向こうの駅で乗り換えて、別の路線で2駅目のところで降りるつもりでした。
・・・つもりだったんです。

乗り換えの駅まではかなり順調。
降りてみて、時刻表を見てみると、どうやら10分もしないうちに乗り換えの電車が来るではありませんか。
なんてすばらしい接続なんだ。
・・・と思ったんですよ、本気で。

ところが電車が来ない。5分や10分電車が遅れることは、ドイツでは日常茶飯事です。
でも待てよ、行き先や出発時刻が書かれてあるはずの表示が真っ白っておかしくない?

もう一回時刻表を見て血の気が引いた。
「なに、このMo.-Fr.って・・・」
ガーン、週末はこの電車、来ないんだ!
じゃあ次は・・・えー、次もダメ?!その次も・・・ああああ!

うかつでした。
これはうかつでした。
ブランデンブルク州の交通手段をなめていました。

はぁ・・・ここから自転車でいくしかありません。
近距離列車の駅2つ分ってのは結構な距離があるけれど、しょうがない。
詳しい地図なんか持ってないし、駅には電車のインフォしかない。
近くのバス停にも、時刻表しかない。ここから次の駅まで走っているバスはあるけれど・・・。
と思ったとき、そのバスが来た。次の駅に行くバスが来た!
おっしゃ、このバス追っかけるぞ。

そして、バスとKIKIをのせたペーター君の追いかけっこが始まったのですが、なんせ相手は車。5分で見失いました(T-T)

でも、それなりに道路標示はあるので、それを頼りになんとか移動。
一応、サイクリングコースというのはあるようで、こんな看板も立っています。
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本当だったら行っていたはずの最寄り駅までは2キロ、宮殿のあるパレツまでは10キロです!

こういう「どこどこまであと何キロ」っていう看板をいくつも見つけながら、シャコシャコ行きます。
でも、キレイな並木道が多くて、走っていてとても気持ちがいいんですよ。
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パレツにつく前の道端で急ブレーキ。「今、なんかヘンなのが見えたぞ!」
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まんまるの・・・巨大かぼちゃ?
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でもカボチャと言うより、メロンみたいなんだけど・・・こんなに大きくならないよね、普通。
比較のために、500mlのミネラルウォーターのボトルを並べてみました。
しばらく観察してみたんだけれど、カボチャなのか、メロンなのか、それとも何か私の知らない植物なのか、真相は闇の中です(笑)。

そんな巨大メロン(だったらいいな^^)に後ろ髪を引かれつつも、宮殿のあるパレツ村へいそげ!5時までしか開いてないぞ!!

というわけで、散々書いておきながら、お目当ての宮殿は次回です(笑)

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# by KIKI-Brandenburg | 2007-08-20 07:47 | プロイセン

バラ園の街フォースト (Forst)

ブログ紹介第一号の街は、フォーストです。

この街は本の中でも取り上げていないので、ここでちょっと詳しくご紹介したいと思います。

なぜ本の中で取り上げてなかったのかというと、実は先月初めて行ったところだからです(笑)。
前から行ってみたいと思っていたのですが、何しろ遠い!
ブランデンブルク州の南の隅っこ、ポーランドとの国境にある街なんです。
電車で行くとなると、ベルリンから2時間半くらいかかります。
ブランデンブルク州南部の中心地、コトブスまで行き、そこでフォースト止まりの電車に乗り換えます。・・・遠いなぁ。

フォーストに行くことになったのは全くの偶然。
パートナー(通称「ゾヤ」)のお母さん(通称「オババ」)が、ちょっとした日帰り旅行を兼ねて、ポーランドへ買い物に行きたいと言い出したのです。
それで、ゾヤのお兄さん(通称「アニキ」)の車で、4人(+犬)で出かけました。
ポーランドで買い物をして、ベルリン方向に戻ってくる時に立ち寄ったのが、フォーストのバラ園です。

・・・ふぅ、ここからが本題!

私達が訪れたのは7月の終わり。
バラのシーズンは8月半ばごろだそうだけれど、それでも結構たくさん咲いていてきれいでした。
なんと、700種類、4万本のバラがあるそうです。

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こんな、ヨーロッパチックな(?)一角もあります。
単にバラがたくさんあるだけじゃなく、庭園としてもかなりキレイ。
それもそのはず、2007年の「ドイツでもっとも美しい10の庭園の1つ」に選ばれたんですから!

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バラ以外の花が植えられた一角もあります。

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このバラ園の正式名称は
「東ドイツのバラ園 (Ostdeutscher Rosengarten)」。
本でもちょっと書いたけれど、この場合の「東ドイツ」ってのは、DDR(Deutsche Demokratische Republik)のことではなく、地理的な意味で使っています。
なにしろ、DDRが出来る前からの名称だしね。

ポーランドと国境を接する、ドイツの端っこの街になぜこんなスゴイバラ園があるのか?
それはちょっと歴史を遡るとわかります。

このバラ園、1913年に出来たものです。
19世紀半ば頃から、フォーストは「東のマンチェスター」と言われるほど大規模な繊維産業が発達しました。
急激な工業化に伴い、人々が安らげる場所というのが大事になってきて、公園がつくられました。
その公園では、1913年に、ドイツ皇帝ヴィルヘルム2世の在位25年を記念して大規模なバラ園の展示会が行われ、これが大成功!
それ以来、フォーストのバラ園は地元の人や、バラ好きな人々に支えられてきました。
第二次世界大戦で破壊されても、このバラ園はちゃんと復興され、DDR時代も、この地域の観光スポットだったようです。

こんな、ステキなバラ園のあるフォースト。いいでしょ、行ってみてね♪



・・・って、多分普通の人なら、後味よく終わらせるんでしょうけれど、私はもうちょい、余分な事も付け加えちゃいます。

それはね・・・フォーストの近くに、大きな炭鉱があるんです。
ラオズイッツの褐炭については、本で詳しく書いたので、そっちを参考にして欲しいんだけれど(うん、ちゃんと読んでね 笑)、石炭を採るために、このあたりの小さな村なんかがいくつも潰されました。
そして、なんと、これからも潰されていく可能性大(T-T)。
将来的にフォーストの一部が潰される確率も高そうです。

ラオズィッツの炭鉱地帯に関しては、私、ヨーロッパ民俗学でマニアックな論文書いてたりするので、いつかまた詳しく触れたいと思います。

そんなことをちょっと予備知識として知っておくと、なんだか、バラが悲壮感をおびちゃうかな。
工業都市として栄えていたフォースト、炭鉱地帯のフォースト、バラ園のフォースト。
街って、いろんな面を持ってるんですよね。

でも、炭鉱地帯にあるバラ園ってのも、なかなかいいじゃん!
このギャップがステキじゃない。
「まー、ステキねぇ」で終わらない何かがあるというのが、なんだかとってもブランデンブルク州っぽい。

というわけで、ブログ紹介都市第一号、フォーストでした!
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# by KIKI-Brandenburg | 2007-08-19 01:52 | 自然保護区/公園

はじめに

壁紙を設定するのに、一時間くらいかかりました。
操作そのものは全然難しくないのだけれど、これはここが気に入らない、これはちょっとイメージが違う、あっちの方がいいだろうか、と、あれこれやっているうちに一時間が過ぎました。

そしてハタと気付きました・・・。

「記事がなきゃ、イメージも何もないんじゃないか」と。

それで、壁紙は適当なやつにして、まず書くことにしました。
壁紙なんて後でどれだけでも変えられるし、ブログは書くことに意義がある。うん、まずは書いてみないと。

この文章を書く欄の上に、いろんな記号があって、どうやらそれで文字をいじれるようです。
どんな風に表示されるのか気になるので、使ってみようと思います。
ヘンな風になっていても気にしないでください。


さて・・・こんにちは。
今日電話で話したばかりの人にも
最近会ってない友達にも、見ず知らずのあなたにも、まずは挨拶。そして、来てくれてどうもありがとう。


数時間前に、このブログ、「がんばれ、ブランデンブルク州」が誕生しました。
これは、コンテクストがわかってないと、全くワケの分からない話です。
「ブランデンブルク州ってナニよ」「なにをがんばるの?」「そもそもKIKIって誰よ」

説明しよう!うん、私は説明するのが大好きな人だから遠慮しなくていいよ。

まず、このブログを書いてるKIKIは、ベルリンで学生をやっている日本人女性です。
専攻はジェンダー学とヨーロッパ民俗学。
先日、40.9度という、殺人的な暑さで、日本のお天気史の記録を塗り替えた岐阜県多治見市の隣、土岐市の出身です。そこは美濃焼という陶磁器の産地です。
海に面していない岐阜県の、なんだか暑いおどんぶりの街で人生の最初の18年を過ごしました。
そのあと、日本の首都の大学で勉強し、今はドイツの首都の大学で勉強しています。

でも、どうやら私には都会の華やかさというのは合わないみたいです。
田舎って、住むと大変だけど、たまに行くとすごくいい。
ベルリンで暮らしているうちに見つけた田舎・・・それがブランデンブルク州。
ベルリンのまわりをぐるっと囲んでる、旧東ドイツの州です。

そのブランデンブルク州というのは、全然キラキラしてないんです。
そこが気に入った!
どうしてキラキラしてないのか、なにがどうなってこんな光景が広がっているのか、社会学系のメンタリティーがある人なら分かるでしょう、気になっちゃったんです。
それで調べだすうちに、かなりマニアックに詳しくなった。

そのうち、それを本にしたくなってきました。これも、書くことが好きな人なら分かるでしょう。
そして、本当に本にしちゃいました。まだ完成していないんだけれど、予定通りに行けばこの9月の終わりに発売されるはずです。

それで、その本のタイトルというのが、「がんばれ、ブランデンブルク州!」なんです。
この本で、私は本当につべこべとブランデンブルク州について書いているんだけれど、それでもまだ足りない。多分、200ページ超えてると思うけど、全然足りん!
でも、そんなことを言っているとキリがないし、あんまりマイナーすぎることをうだうだと書いてもねぇ・・・。
ということで、本では書ききれなかったことや、原稿を完成させた後で出かけた場所や、得た情報というのを、ブログでアップしていくことにしました。

もう1つ大事なポイントは、写真です。本にはそんなにたくさんの写真は載せていません。でも、写真があると、知らない場所の雰囲気ってよりつかみやすくなりますよね。だから、このブログで、写真も公開していこうと思います。

さらに、このブログを通して、本の内容のアップデートや、本を読んでくださった人との交流・・・というと大げさですが、そんなことができたらいいんじゃないかな、と思っています。

というわけで、まずは本が出てみないと話になりませんね(笑)。
でもまぁ、せっかくだから、気が向いたときに覗いていってください。

それと・・・一応、ブランデンブルク州をメインにしていくつもりだけれど、私自身はベルリンのど真ん中に住んでいるし、毎日ブランデンブルク州に行っているわけでもないので、必然的にベルリンの話とか、他の旧東ドイツの州の話とか、東ドイツの話とか、ドイツの時事ネタというものも取る上げることになるでしょう。

さらに、日記というスタイルをとらない可能性も大です。
ちなみに、9月のほとんど一ヶ月間、私はベルリンでも旧東ドイツでも日本でもないところにいる予定なので、9月に入ってからどのくらい頻繁にアップできるかわかりません。

とはいえ・・・せっかくつくったブログなので、出来る範囲でやっていきたいと思います。
よろしくね♪

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# by KIKI-Brandenburg | 2007-08-18 03:23 | はじめまして